アレキサンダー・ジョージは 核抑止、地域紛争、危機の抑止の三つの抑止の内、核抑止以外は変動要素(目的、手段、選択肢、事態の悪循環の可能性)が多く、単純な損得勘定では戦争勃発を説明出来ないと批判した。これ以降、帰納法的抑止戦略モデルの考え方が主流となる。 例えば旧日本軍の南下政策や真珠湾攻撃は演繹法的抑止戦略モデルによる単純な利害論では説明出来ない。
安全保障は時に「いかに敵を攻めるか」「いかに敵に被害を与えるか」と言う事を考えて、逆説的に「いかに平和を保つか」を探る手段を用いる。 有名な考え方は核兵器の「相互確証破壊」である。
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1965年にソ連が抑止力としての核兵器から、攻撃としての核兵器に性質を変化させ、アメリカを攻撃した場合に、アメリカは報復核攻撃を行いソ連の人口の 25%、工業力の50%を破壊すると言う考え方である。しかし、この考え方が出てくるとソ連では対米確証破壊力の強化が打ち出され、ソ連の GNP15% を軍備に投資すると言う大軍拡を行った。結果、ソ連の財政は疲弊し破綻する事になる。この間、米ソ間で核戦争が起きなかった事から「相互確証破壊論」は有効であったとの考え方が一時期主流になったが、 その後、「相互確証破壊論」は軍拡を呼ぶと言う意見があり、事実それでソ連の財政は破綻した。そこで軍備管理として SALT(戦略兵器制限交渉)が行われ、軍縮が進んだ。そして核による報復攻撃が果たして本当に価値があるのか、と言う対価値攻撃戦略 の考え方が浮上した。